【金森 麗子】

〜YELLOW YELLOW HAPPY〜



「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってよッ!! なんで私がプロレスなんて物騒な真似しなきゃいけないのぉッ!?」

 とある大手芸能プロダクションの事務所で、幼げの残る少女が目を丸くした。
 その少女に向かってご機嫌取りをしてみせるのは恐らくマネージャーと思しき冴えない男。両手を捏ねる様に合わせ、幾分年下と思われる少女へ申し訳なさそうに頭を垂らす。

「で、でも……相手側にはOK出しちゃったんだよぉ。そ、それにほら! 今芸能界で注目を浴びてる藤島瞳! あの子もプロレスを通じてブレイクしたんだから、麗子ちゃんもプロレスを足がかりに頑張ろう?」

 ご機嫌取りだけで機嫌が直らないと思ったマネージャーが両目を輝かせながら肩下げ鞄の中を弄って取り出したのは、小さな果物を片手にアイドルが表紙を飾っている情報誌。
 恐らく表紙を飾っているアイドルが、マネージャーの言っている藤島瞳という少女なのだろう。

「なんでそんな勝手に話を決めちゃうんですか!! プロレスデビューなんてそう簡単に出来るわけないし、スポーツ経験はあってもトレーニングについていけるわけないじゃん!! それに藤島さんはプロレスラーからアイドルに転身したわけで、私みたいなアイドルがプロレスをして売れた訳じゃないでしょ!?」

 少女はマネージャーから雑誌を奪い取ると、マネージャーにその表紙を突きつけ、表紙のアイドルを指差して顔を真っ赤に声を荒げて見せる。
 すると、マネージャーは「あ……」と、今更そのアイドルと少女の置かれた立場の違いに気付いたのか、わざとらしく少女から視線を外し頭を掻いた。

「で、でもほら!! 麗子ちゃんみたいな元気があれば、きっと大丈夫だよ!!」

 そんな様を見せ付けられ、麗子と呼ばれた少女は怒る気も失せてしまったのか、大きく肩を沈ませるのだった
――

 近年のアイドル界、並大抵な事が無い限り大成するのは難しいもので、事務所に所属していても仕事が勝手に舞い込んでくるほど楽な職業ではない。
 それこそ、誰もが納得するような可愛さや綺麗さを持っていてもである。
 この、麗子と呼ばれた少女もその一人のうちで、多くのアイドルのうちの一人といった所だ。
 仕事もさほど多くなく、テレビなどの露出もあることにはあったが、メインというには程遠く演出を盛り上げる数多のアイドルの群れの中で運よくカメラに抜かれた程度だ。

――仕事を選んでいる身分ではない。

 麗子自身もそう思っていたはずだが、今回マネージャーが取ってきた仕事に限れば話は別である。
 水着を着てワイワイと画面端ではしゃぐような、今まで受けてきた仕事とは違う。
 自分の体に鞭打って、大怪我をしてもおかしくない場所で、いちアイドルがその道のプロを目指すというものだ。
 そして、それを受けたところでアイドルとして成功するかといえば何とも言えず、下手すればただの茶番で終わる可能性だってある。
 そうも思えば麗子に今回の仕事を嫌がる気持ちが芽生えてもおかしくは無い。
 ただ、今回この仕事を受ければ麗子にとってチャンスである事には変わりなかった。
 大勢の中のアイドルの一人という扱いでは無く、自身にスポットを当てられるメインの仕事である。
 麗子は最近マネージャーのスケジュール表を盗み見た事があったのだが、その時スケジュール表はほぼ白紙。
 いわば、アイドルという名を語ってはいるが、無職に近い状況だった。

「怪我とかしない……よね?」

「そこはしっかり番組側とプロレスの会社側で話をつけているみたいだよ」

 アイドルという職業柄、怪我と言うのは致命的。
 特に顔や露出する体の部分に怪我をするという事は自分という商品を駄目にするという事に直結するのだ。
 その危険性がある仕事はなるべく受けたくないという気持ちと、今のままではいけないという気持ち、そんな気持ちがぶつかりあい葛藤するなか、麗子は「そっか……それなら
――」と、渋々ではあったが今回の仕事を受ける事に決めた。





「か、金森麗子です!! 宜しくお願いしますッ!!」

 プロレス道場で撮影スタッフのテレビカメラが緊張した面持ちのまま挨拶をする麗子の横顔を捉える。

 妙にワザとらしい演技を持って道場内のプロレスラー達が麗子を出迎え番組の収録が進んでいく中、すれ違い様に麗子の耳元で一人のプロレスラーが小さな声で囁いた。

「アイドルがプロレスラーに、なんてふざけんな……」

「え……?」

 麗子が咄嗟に振り向くも、撮影スタッフとプロレスラーの入り乱れる空間でその声の主を特定する事は出来なかったが、麗子はその瞬間一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


――自分は本当に受け入れて貰えているのだろうか

 この企画自体、どう見てもテレビ局がプロレスを食い物にしているとしか思えない。
 たとえ、プロレス人気の為だと言っても、そんな企画にプロレスラー達が喜んでいる訳が無い。
 いつかカメラの回っていない所で何かされるのではないか、そんな不安が麗子を襲うと自然に体は小刻みに震え、少しばかり顔から血の気が引いていく。

「麗子さん? どうしたの? 顔色が少し優れないみたいだけど……」

 そう言って、麗子よりも背の小さなレスラーが麗子の様子を伺うように顔を覗きこんで来る。
 休憩中という事もあってカメラが怯えた様子の麗子を捉えることはなかったが、麗子の前で首をかしげたレスラーはその様子に気付いたようだ。

「え……あ、いや、大丈夫です。それより、菊池さんに少し聞きたい事があって……」

 麗子は慌てて両手を振り乱したあと、胸中に篭る不安をそのレスラーに対して零した。

「私……受け入れて貰えているんでしょうか……なんか、少し息苦しいというか……」

「んっんー、中々答えにくい事をズバーっと聞いてくるんだねぇ……まぁ、多分受け入れられているかいないかで言えば、受け入れられてはいないんじゃないかな? だって、プロレスラーとしてデビューするのに何年もかかる場合だってあるのに、麗子さんはそれを数ヶ月のテレビ企画でしちゃおうっていうのだから、気に食わないと思う人も中にいるかも知れない。でも、それは麗子さんのせいじゃなくて企画を立てた人のせいで、私はがんばって欲しいと思っているけど」

「そう……ですか」

「ホラホラ、そんなに暗い顔しない。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」

 不安が拭いきれず、さらに受け入れられていないという事実を突きつけられた麗子の顔はどんよりとした雲に包まれた空のように曇るが、菊池と呼ばれたレスラーはそれを見て、両手に拳を作り麗子の前でガッツポーズをして見せた。

「は、はぁ……」

 自分は気にしていないといわれても、この道場にプロレスラーは菊池だけではない。ガッツポーズを見せられ麗子は何ともいえない表情で苦笑を浮かべるのだった
――


「うっわぁ……やっぱりアイドルってなると細いねぇ……大丈夫かな?」

 ある程度の収録を終えて本格的な練習が始まり、指導役で当てられた菊池が麗子の線の細い体を繁々と眺めてそう言った。
 ドキュメンタリータッチで描かれる構成ゆえに、ある程度の台本はあったとしても練習に関してはそれが無い様で、麗子は他のレスラーに混じって練習する事になる。
 とはいっても、流石に素人がプロレスラーの練習についていけるはずも無く、麗子一人別メニューが用意されていた。

「一応スポーツ経験はあるので……」

 菊池の表情と口調から察するに、嫌味で言っている様子が無ければ、一体これからどんな練習が待っているのだろうかと、麗子の口調は調子が上がらない。

 しかし、その日の練習は麗子が思っていたものとは全く違い、リングに上がるどころか技を教えてもらえる訳でも無く、体を鍛える基礎トレーニングのようなものを延々とこなす事になった。
 内容は麗子自身キツイと思うものではなかったが、繰り返し繰り返しそれを行う事により、練習が終わる頃には麗子の体力は底を尽きて立ち上がる事も出来ず、道場の床で大の字を作った。

「地味、キツイ、ツライ、汗臭い。なんで私がこんな事……芸能界から声がかかったら、すぐにでもこんな事辞めてやるんだから」

 周りに人がいない事を確認し、麗子は少しばかりの悪態をつく。
 その上で、こうこうと光る道場の照明が麗子を照らし続けていた
――





 麗子が仕事を受けてから暫く立った。
 その舞台となる道場の入り口の頭上には『新日本女子プロレス』と、書かれた看板が掲げられている。
 その新日本女子プロレスが国内のプロレス団体の最高峰と呼ばれている事は、今も悲鳴を上げながら練習に打ち込む麗子は知らないであろう。

「それじゃ、今日から受身の練習ね。このマットの上でさっき教えた通りに……じゃ、やってみよっか」

「え? え? ちょ……菊池さ
――ッ」

 菊池が麗子の首根っこを掴むと、麗子をマットへ放り投げる。幾らここまで練習して来たとは言え、素人がいきなりやれと言われて直ぐにできるような簡単な物では無く、マットへと叩きつけられた麗子は咽び返りながら 「いったぁ……ッ」 と、痛む背中を押さえマット上でエビ反りになって苦しんだ。

「ご、ごめん! 大丈夫!? ちょっといきなり過ぎちゃったかな!?」

「もぉー……ヤダ!! ずっと、思っていたんですけど私にはやっぱり無理!!」

――こんな事しなくたって……

 今まで通り数少ないながらに雑誌のグラビアなどの仕事をこなしていけば、いつかは芸能界のお眼鏡にかなう日が来るかも知れない。
 テレビに出られるほどのアイドルになるまでの道は何もこれだけじゃないと、投げられた衝撃から麗子の気持ちが一気にあふれ出した。
 思えばここ最近、番組の収録の数も少なくなり、道場に撮影スタッフがいる事の方が珍しくなっていた。
 ずっとプロレスの練習をやらされて道場関係者以外で目にするのは、うだつの上がらないマネージャーだけだった。

「そんな事言わないで頑張ろうよ。せっかく、ここまでやってきたのに……」

「菊池さん、そんな奴放っておけばいいじゃないですか」

 突如として麗子と菊池さんの会話に割ってはいってきた少女が一人。
 麗子よりも小柄で菊池と同じくらいの背丈の少女だ。
 それでも、体つきはプロレスラーを思わせ、背が小さいながらもアイドルの麗子よりも大きく思わせるような錯覚すら覚えてしまう。

「な
――ッ!? い、いきなり何なんですか!? 私だって……」

 いきなり現れ、散々な言い様に流石の麗子も嫌悪感を出さずにはいられなかった。

「邪魔だっつってんのがわからないのかな? アイドルってやっぱりテレビで見ている通りのバカなんだね」

「ちょっと、小早川さん!!」

 あまりの言い方に菊池が少女の名前を叫ぶも、小早川と呼ばれた少女はそれを気にする事無く言葉を続けた。

「私だって何? アイドルだからこんな事出来ないって? 仕事だからいるだけで好きでこんな所にいるわけじゃないとか? だったら辞めればいいって言ってんの、そうやってなんかしら理由つけて逃げてるだけの奴はいるだけ邪魔なのがわかんない? ふざけるのもいい加減にしてよね。わかったら、さっさと何処かにいってくれないかなぁ?」

「ぐ……
――ッ」

 そう言われて麗子は何も言い返せずにいた。
 それは、小早川が言ったことすべて麗子が思っていた事だったからに他ならない。

「いい加減にしなさい!!」

 麗子よりも小早川よりもいち早く頭に血が上ったのは菊池だった。
 その菊池の声が麗子と小早川の耳を劈けば、小早川はフンっと不貞腐れた様子で去っていく。

「うちの若手がごめんね。あの子、まだデビューしたばっかりで……でも、麗子さん数ヵ月後上がろうとしている舞台は、あの子が数年かけてようやく上がれた場所なの、麗子さんが今いるこの場所は願っていれば入れるような場所じゃないの、それだけはわかってくれるかな?」

「あ……
――

 自分からすすんで今この場所にいるわけではない麗子でも、菊池の言った言葉の重大さというものに気付いたのだろう、それを思えば小早川がああいう態度になっても不思議ではない。
 そんな舞台に乗せられて、受身の練習が痛いというだけで逃げようとした麗子の甘えは小早川のプロレスラーとしてのプライド、夢、それら全てを土足で踏みにじってしまったのかも知れない。

「私……謝らないと……その、小早川さんに」

「あぁ……でも、今は止めておいたほうがいいかなぁ、あの子熱くなると目の前見えなくなっちゃうし……。それよりも、今から頑張ってあの子を見返しちゃおうよ」

「態度で示すってことですか?」

「そゆこと」

 菊池は人差し指をピンっと立たせ麗子に向かって微笑んだ。





 あの日以来、麗子の気持ちは変わっていた。
 一人前のプロレスラー気取りという訳にはいかないが、今まで吐いていた弱音は全て捨てて課せられた練習メニューを文句一つ言わずにこなしていく。
 麗子の姿勢の変化はテレビを通じ全国の視聴者に伝えられ、番組の企画は予想以上に受けもよく、金森麗子という名前は徐々にだがアイドル界に浸透していった。

 そんなとある日
――

「テレビ局がどんだけ偉いか知らないけど、ここはあんた等の遊び場なんかじゃないんだよ!! 邪魔すんな!!」

 麗子がいつものようにトレーニングウェアに着替え道場へ足を踏み入れると、小早川が撮影スタッフに向かって怒鳴り散らしていた。

「ちょ、ちょっと、小早川さん!?」

 流石にこの状況で麗子は知らん振りしているわけにはいかず、大慌てでスタッフと小早川の間に割ってはいると、小早川の怒りの矛先は麗子に向けられた。

「大体、アンタがこんな仕事受けるからいけないんだ!! 私達の練習場をアンタ等の遊び場に使うな!! こっちはいい迷惑だ!!」

「遊びじゃ……無いです」

「はぁ?」

「遊びじゃないですよ!! 初めはそんな気持ちもあったかもしれません。でも、今は私、遊びのつもりでなんかやっていません!!」

「言ってくれるね。じゃぁ今のアンタに顔を引っ叩かれる覚悟はあるの? 菊池さん見たいに生易しい技じゃなくって、本当のプロレス技でリングに叩き付けられる覚悟はあるの?」

「もちろんあります!! それくらいの覚悟を持って私は今仕事をしてます!!」

「へぇ……それじゃッ!!」

 道場内に乾いた音が響く。
 その音が響くと道場内は時計の針が止まったように居る者全ての動きを止め、乾いた音の余韻を残して他の物音は一切聞こえなくなった。

――い、いったぁッ!!」

 静かな道場に麗子の声が響く。
 頬を押さえ涙ぐんだ麗子を前に、小早川が悪びれも無く鼻で笑って「やっぱりね、そのくらいの覚悟しかないんじゃん」と、悪態をついた瞬間。
 もう一度道場内に乾いた音が響いた。

「いだ
――ッ!? な、なにすんのさ!!」

 目に火花を散らした小早川が頬を押さえ麗子を睨む。
 すると、麗子もアイドルとは言っても、もとよりそんなに大人しい性格じゃなかったのだろう、叩いた掌を遊ばせながら小早川を睨んだ。

「いきなり叩かれたら誰だって痛いに決まってるでしょ!? 現に小早川さんだって痛いって言ったし、半ベソかいてるじゃないですか!!」

「ぐ……何よ。やる気?」

「先に手を出したのはそっちじゃないですか」

 胸部を押し付け鼻頭が触れ合う距離まで詰め寄った二人を撮影スタッフがどうする事も出来ず、二人は他のレスラーが割って入るまでいがみ合いを繰り広げた
――

 騒ぎも落ち着いて麗子は道場の事務所に呼び出され、道場の現場監督で新日本女子プロレスのエースでもある佐久間理沙子を前にしていた。

「ごめんなさいね。若手の教育を少しおろそかにしていたようだわ」

 その理沙子が眉間に指を添えて、たはりと溜息をつきながら「そろそろ頃合ね」と、小さく零す。

「いえ……あの、頃合というのは……?」

 謝られたことより何より、麗子は『頃合い』という言葉がどうしても気になったのか、俯きながらも様子を伺うように理沙子を見る。

「貴方が悪いわけじゃないのだけれど、皆そろそろ限界なのかも知れないわ。普段、プロレス記者以外のメディアが取材に来る事もないし、見慣れない部外者にストレスが溜まってきているのかもね……予定より早くデビューする事にしましょうか。後で番組の方にもお話ししておくから」

「え……
――

 麗子は口篭る。
 自分がデビューするという事は、すなわち企画の終了を意味するからだ。
 ついこの間までは、こんな企画早く終われば良いと思っていた麗子の心に寂しいという気持ちが芽生えた。
 そして、先ほど小早川に頬を叩かれた時の気持ち。

――何時振りだろう、あんな気持ちになったのは

 アイドル目指して単身東京に出て来た時、地元広島でミスコンに選ばれた時、いやそれよりももっと前。
 それは麗子がまだアイドルになるという夢を抱く前、彼女はテニスをやっていた。
 競争相手に負けてなるものかという悔しい気持ち。
 いうなれば闘争心たるものが麗子の中で燻り始めていた。

「大丈夫、安心して? 最初で最後のデビュー戦の相手は私が務める事になっているから」

 理沙子は麗子が口篭ったのを緊張しての事だと思ったのか、麗子の両肩に両手を添えて、にこりと微笑むとリラックスさせるように軽く掴んだ肩を揉んで見せた。

「あ……あの、私の最初で最後のデビュー戦……小早川さんとやらせてくださいッ!!」

 そう麗子が言い放った瞬間、肩を掴む理沙子の手に少しばかり力が入ったのが麗子にも解った。

「その願いは聞き入れる訳にはいかないわ、現場責任者として……いや、プロレスラーとしてはね。貴方がデビューできるのは、企画の全容を知っていて尚且つ手加減できる私が相手だからなの……プロレスをあまり舐めないでくれる? まぁ、甘いとは言え、あの練習メニューをこなして来たのは評価するけれど」

――随分とはっきり言ってくれるんですね」

 自身の願いを跳ね除けられた麗子の顔にショックは無かった。
 恐らく、自分の言っている事は無茶苦茶なことであることは重々承知しているようで、ショックを浮かべない変わりに、麗子は唇を噛み締めていた。
 それも、血が滲むほどに。

「そりゃぁね。貴方がやってきた事だけでプロレスが出来るだなんて思われたら、私たちが舐められてしまう、舐められたらこの業界終わりなの。残念だけれど諦めなさい」

「……嫌です」

「はぁ……我侭勝手に言ってこれ以上私を困らせないで」

「舐められたら終わりなのは、アイドルだって同じです!! 私は小早川さんに舐められたまま終わりたくない!!」

「覚悟だけは一丁前のようね……小早川とやって怪我でもしたら、貴方アイドルを続けられないかもしれないわよ?」

「構いません!!」

 アイドル活動が続けられなくなっても構わないと、口を真一文字に結び、真剣な眼差しを差し向けてくる麗子に理沙子も只ならぬ決意と言うものを感じたのだろうか、一度大きな溜息を吐くと「わかったわ」と、呆れ返った表情を浮かべ言葉を零す。

「ただし、これからデビュー戦まで、私と一緒に練習してついて来れれば
――ね」

「は、はい!! 絶対!! 絶対についていきますから!! お願いします!!」

 自分の熱意が相手に通じたのが解ると麗子は笑顔一つ零さず、アイドルらしからぬ険しい顔のまま大きな声で返事をして深々と頭を下げた。


 条件付ではあるが小早川と対戦する事になった麗子はあれ以来、理沙子に付きっ切りで練習に明け暮れた。
 それは番組用として用意された練習メニューとは違い熾烈を極め、アイドルとしてではなくプロレスラーとして小早川と対峙したいという麗子の気持ちがそれを乗り越えさせる。

「金森さんお疲れ様。合格よ」

「あ、ありがと……ござ……
――

 試合を間近に控えた練習の後、理沙子からの「合格」という言葉を聞いて、麗子は緊張の糸が切れたかのようにリングへと大の字を作り転がった。

――凄く気持ちがいいや……

 ミスコンを取った時よりも、アイドルとしての活動が決まった時よりも、雑誌のグラビアでデビューを飾った時よりも、何よりも理沙子からの「合格」という言葉が麗子には嬉しかった
――





 麗子の最初で最後のプロレスラーとしての試合が訪れようとしていた。

「り、理沙子さん……こんな大勢の前でやるんですか?」

「これでも少ない方なのだけれど……でも、大丈夫。正直なところ貴方を目的で来ている人は、あんまりプロレスに興味ないでしょうし、肩の力を抜いていってらっしゃいな」

――そんな事言われても……

 入場口から覗いた先にいる観衆は少ないと言われても、麗子が人前で仕事をした時の人数を遥かに上回っていたようだ。

「ほら、ぐずぐずしないの」

 入場曲が鳴り響く中、全く動こうとしない麗子の背中を理沙子はそう言って問答無用に押し出した。

 麗子の体を芯から震え上がらせる歓声が会場を包み込むと、麗子もここまで来て引くわけにはいかなくなったのか、両手で自らの頬を一度力強く叩きリングへ一直線に駆け出した
――


 麗子の待つリングに小早川が入場を済ませ、二人は中央で睨み合う。

「言っておくけど、手加減なんてしないよ。今日はアンタをギッタンギッタンにしてベソかかしてやるから」

「……望む所ッ!!」

 二人の睨み合いをレフリーが制し距離を取らせると片手を振り下げる。
 それと同時に試合開始のゴングが鳴り響き、ゴングと同時にリング中央でお互い止まる事無く時計回りに弧を描く。
 暫くすると小早川が麗子に向けて片手を差し出した。力比べでもしてやろうという事であろうか、しかし麗子はそれに付き合わない。相手が幾ら小柄と言ってもトレーニング量というものがまったく違うのだから、無理に付き合う事も無いという事だろう。

「いやぁぁぁ
――ッ!!」

 麗子は差し出された手を無視し、小早川の胸元目掛け力いっぱいエルボーを叩き落す。
 それは一発で終らない。相手仰け反るまで倒れるまで叩き込んでやろう、そんな気迫と共に麗子は何発もの肘を小早川の胸元へと落としていく。

「……それで?」

 そんな小早川の声が麗子に聞こえたその時。
 麗子の顔は横へ流され頬は火傷したかのように熱を帯びた。キンっとした耳鳴りの中、麗子の目の前には無数の星が舞う。

――ぇ? あ……ぁ……ッ……いったッ……ぁ――ッ」

 遅れること数秒、麗子はようやく小早川に張り手を食らったのだと認識した。そして次の瞬間には小早川に髪を掴まれ力任せに振り回されると麗子は宙を舞いリングへと叩き付けられた
――





 試合が始まり数分。
 理沙子と行った特訓は付け焼刃もいい所だったと麗子は痛感させられていた。
 最初こそ勢いだけは小早川を凌いでいたものの、今ではそれも影を潜め、麗子が出来る事と言えばリングに投げつけられる度に不完全な受身を取り続ける事だった。

『ワンッ! ツー
――ッ!』

 そでも、レフリーのカウントが聞こえると自然と麗子は肩を持ち上げ負けることを拒む。
 まだ負けたくない、反撃は出来ずとも心の奥底ではそう思っているのだろう。
 麗子がフォールを返すたび小早川の表情は驚き奥歯を噛んで悔しさを滲ませる。
 素人同然の相手を仕留めきれない苛立ちが小早川にそんな表情を浮かばせていた。

「こ、このやろぉ
――往生際が悪いんだよッ!!」

 苛立った小早川が麗子に向かって張り手を繰り出した。

――今から技を覚えると言っても、まともな関節技やスープレックスは出来ないでしょうし……貴方には二つだけ完璧に覚えて貰うわ。

――二つ……ですか……?

――そう、まずは延髄斬り、ここはいかに屈強な肉体を持った人でも鍛えようの無い所なの、貴方意外と跳躍力はあるみたいだし、出来ない事はないでしょう?

 麗子の体が自然と動き張り手を掻い潜る。
 流れるような動きで麗子は小早川の背後に回り大きく飛び上がると、延髄目掛け蹴りを放った。

「んな
――ッ!?」

 小早川は麗子の予想だにしない動きに不意を打たれ、延髄斬りをまざまざと食らい片膝を付いた。

――もう一つはシャイニングウィザード。聞いた事あるかしら?

――シャイニング……ウィザード。

――相手の片膝を踏み台にして、相手の顔目掛けて膝蹴りを当てるだけ。どう? いたってシンプルでしょう? 本当は微妙に違うのだけれど、この際膝蹴りでいいわ。小早川もそう簡単に壊れるような鍛え方していないし。

「く、くらえぇぇぇッ!!」

 小早川の体勢に目を光らせた麗子が助走をつけると小早川の片膝に飛び乗り、顔を目掛け膝蹴りを放った。

――決まれば勝てるかもしれない。

 麗子はシャイニングウィザードに理沙子の言葉通りの望みを乗せた
――

 麗子には手ごたえはあった。
 蹴り上げた膝に、ずしりと人を蹴ったという感触がしっかりと残っていた。

「いててて
――なるほどね、理沙子さんの入れ知恵……か、でも残念でした」

 しかし、小早川は麗子のシャイニングウィザードを両腕でしっかりとガードしていた。

「ここまでやるとはね……まぁ、ちょっと見直したけどさ
――ッ!!」

――――――
――――
――

 麗子の最初で最後のプロレスデビュー戦から数週間後。

「れ、麗子ちゃん!! 凄い!! 凄いよ!! ほら見てよこのスケジュール表!! どこもかしこも引っ張りダコだよ!」

 プロダクション事務所で麗子が涼んでいる所に、あのうだつの上がらないマネージャーが大騒ぎしながら手帳を広げ麗子に向かって差し出した。
 その広げられたスケジュール表には、今までではありえない量の仕事で埋め尽くされている。
 昔の麗子ならばここで両手を挙げ大いに喜んだことであろう。

「あー……あのね。マネージャー……私、今日でアイドル辞める事にしたんだよねぇ……あは、ははは」

「は?」

 いきなり告げられた言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべたマネージャーは、言葉を失い手帳を地面に落とす。

「ど、どど……どうして!? 麗子ちゃん? 冗談だよね? だって、ほら、こんなに仕事が!!」

「私ね、今度は本当にプロレスラーを目指してみたくなったんだ」

 そう、麗子はアイドルよりも、芸能界で成功したいと思うよりも、プロレスがしたくて堪らない体になっていた。
 最初で最後のデビュー戦では小早川には負けてしまったが、あんな情けない試合をして終れる訳が無い。
 今からプロレスラーになるのは、アイドルになるよりも厳しい道が待っている事は麗子も承知だった。

 それでも一から、今度は本当のプロレスラーになるために
――

 プロレスという物を知ったあの団体に戻る事は叶わないかもしれない
――

 それでも麗子は一歩ずつ進むだけだ
――

 新たな夢に向かって
――



◆あとがき◆
全キャラSS計画とかいう無謀な計画を立てた時に色々書いたのですが
とても無謀である事に気付いて今はその計画も立ち消えてます。

色々書いた中で使えそうなものを再度練り直して書き直してみました。
これと言って麗子に思い入れっつーのは無いんですけど
過去の作品などを振り返ると、もっとフューチャーされてもいいキャラではあるんですよね、あの子。

オリゼー的にはVシリーズのわけのわからん自信に満ち溢れている金森が一番好きかもしらんです。
なんか首が長いけど(笑)

まぁサバではご覧の有様になってしまいましたけれどもー
なんであんな露骨なロリキャラになってしもうてん……広島チュンリー

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